すずまろ物語

⑤頑張れッ!

頑張れッ!

 セカンドオピニオンより帰ってきてからのお世話は、妻主導の下スタートしました。ここから回復に向けての再出発、絶対に元気に大きくなろうという決意も込めて、3人で写真を撮りました。

 1日に与えるミルクの量の増量、またミルクだけでは心許ないので、本当は駄目なことかもしれませんが、体力を付けさせるために「エネルギーチュール」を少し与えることに決めました。チュールを与える際は、ミルクも必ず与え気道を塞がないように注意しました。そして、排泄の種類と回数も必ずメモを取っていきました。

 

 妻から指令が下った際、「はい。わかりました。」と素直に返事をしていました。猫の飼育方法、愛し方をボクに教えてくれたのは他でもない妻だからです。そうして、子猫にとっては大変だったと思いますが、スポーツ推薦で強豪校に入学した学生の体作りかのように食事を与えていったのでした。

 妻がミルクを与える当番の際に、部屋から何やら音楽が聞こえてきたので「何を聴いてるの?」と覗きに行ったことがありました。部屋には、THE・BLUE HEARTSの“人にやさしく”を流し、子猫に対して「頑張れッ!」と声をかけながらミルクを与えている妻がいました。その様子を見て、ボクも嬉しく、胸が熱い気持ちになり、二人で「頑張れーッ!」と子猫に声をかけながらミルクを与えた日のことは微笑ましく良い思い出で忘れることがありません。

 緊急事態宣言が延長されたため、ゴールデンウィークが終了しても在宅ワークが続き、1日8回の授乳生活は続けられることができました。子猫は自ら歩き回るようになっていき、体重も増え始め、ウンチもよく出るようになっていきました。

 元気になり始めた頃から、子猫のことを「すず」と呼称するようになっていました。名付け親は妻でした。

笑顔

 すずの回復を見て感じられるようになり始めてからというもの、ボク達夫婦も、保護した当初の緊張からくる険しい表情に比べると少しずつ和らいだ表情で会話できるようになっていました。すずのお世話の内容で笑い合えるほどにボク達自身も回復していったのです。

 ある深夜3時の授乳の際、ボクの当番だったので、目を擦りながらすずの部屋へ向かいました。すずは「また授乳?」と言わんばかりの姿勢で待っていました。「すずごめんね〜」と言って抱きかかえると「にゃぁー!」と嫌そうに鳴きましたが、問答無用でミルクを与えていきました。

 小一時間かけて授乳を完了した後、排泄のために、背中から掴んで抱き上げ、しっぽの付け根のあたりを掌で支えて仰向けにし、ウェットティッシュで肛門を刺激しました。毎度の事でしたが、すずは大変嫌がり、ボクの手で固定されていない下半身をグルングルンとローリングさせてウェットティッシュで肛門を触られることから回避しようとしました。

 この日、このローリング中に「ぶぴーッ!」と聞こえたと思えば、タイミング良くウンチを発射。ボクの手、腕、そして部屋に飛び散るウンチ。ボクは「うわぁぁぁーッ!!!すずストップ!ストップッ!」と悲鳴をあげながら、15歩分くらい離れている洗面所へダッシュ。悲鳴虚しく、当然すずのウンチローリングは止まることはありませんでした。

 すずをシャンプーして綺麗にし、寝床に戻してあげました。しかし、その後も部屋・廊下に飛散したウンチの掃除が待っていた深夜4時の出来事でした。翌朝、この騒動を妻に話すと腹を抱えて爆笑されましたが、数日後、妻も同じ被害に合うのでした。

 恐るべきウンチローリングでしたが、しっかり食べて、しっかり出してくれていることが嬉しくてたまらないのでした。すずが元気になっていくことで夫婦間の会話にも笑顔が生まれ、明るい雰囲気ができていきました。

 2週間ほど経った頃、すずは保護した日に比べると見違えるように元気になっていました。しかし、妻の判断で講じた策が更にすずを元気にすることへと繋がっていくのでした。

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